企画展「没後40年記念 歌人安田青風展」

みづからの歩幅で歩くほかはない道にさく花たんぽぽ・すみれ

昭和38年 札幌北海道大学ポプラ並木にて

兵庫県揖保郡太子町生まれの歌人安田青風。わずか十四歳にして小学校の准訓導(教員)となって間もなく短歌を作り始め、八十七歳で亡くなるまで、七十年以上にわたり歌とともに生涯を送りました。その人生は、明治から昭和に至る激動の時代のなかで常に歌を通して自らの心に向き合い、真理を求めつづける「歌の道」というべき、真摯な姿勢に貫かれていました。
十四歳の時に出会った初恋の少女と結婚するまでの青春期。師範学校時代の青風は、三木露風ら中央の詩人たちと交流し、その苦しい恋を多くの詩歌に詠んだ早熟な投稿少年でした。
二十一歳で教職に就き、大正デモクラシーのさなか、ペスタロッチやデューイを理想とする新しい時代の教師として先頭に立ち、社会教育、生涯教育を啓蒙するため、赴任した各地で果敢に行動した壮年期。
そして終戦。既に五十代を迎えていた青風は、荒廃した人々の心に、短歌によって灯をともすべく、再びいち早く行動します。昭和二十一年、長男章生(一九一七-一九七九)とともに歌誌「白珠」を創刊。「知的抒情」を掲げた同誌の成長は、青風のその後の生き方を如実に物語っているといえます。
「一燈園」の創始者である西田天香や、石丸梧平、真渓涙骨ら宗教家とも交流し、生得の求道精神を磨き上げていった青風の歌には、年齢を重ねるごとに思想性が深まり、そこに老境のユーモアや軽みが加わって独自の歌の世界をひらきました。
教え子の一人であった随筆家の岡部伊都子は、青風を「清澄な風のように、透明な存在」と評しました。その名のとおり「青い風」のように多くの詩心を揺り動かした歌人がこの世を去って四十年。その豊かな人生の遍歴と味わい深い歌の魅力に迫ります。

開催概要

会期 令和5年1月14日(土曜日)~3月26日(日曜日)

休館日:毎週月曜日、2月24日(金曜日)、3月22日(水曜日)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は4時30分まで)

観覧料 一般310円、大学・高校生210円、中学・小学生100円 (常設展料金)

20名以上の団体は2割引 身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた方(手帳またはミライロIDの手帳画面を提示してください)、及び介護者1人、姫路市内在住の65歳以上の方、どんぐりカード・ココロンカード提示の小中学生は無料

会場 姫路文学館 北館

主催 姫路文学館

安田青風プロフィール

やすだ せいふう
明治28年(1895)-昭和58年(1983)安田青風
兵庫県揖保郡石海村吉福(現、揖保郡太子町吉福)生まれ。本名・喜一郎。14歳にして小学校の准訓導となる。15歳の頃から短歌を作り始め、「現代詩文」(服部嘉香主宰)、「詩歌」(前田夕暮主宰)、「未来」(三木露風主宰)、「卓上噴水」(室生犀星主宰)などに加わり詩歌を発表。山村暮鳥、萩原朔太郎らとも交流があった。大正4年(1915)、姫路師範学校本科第一部卒業。旧制龍野中学校、山崎高等女学校等で教鞭をとる。昭和3年(1928)、水甕社に入り、尾上柴舟、石井直三郎に師事。昭和12年、相愛高等女学校に転任のため、大阪府豊中市に転居。戦後、長男章生(歌人・国文学者)と共に、歌誌「白珠」を創刊。相愛高等女学校教頭を退いた後も大阪樟蔭女子大学講師、大阪城南女子短期大学教授として国文学を講じる。兵庫県立太子高等学校、太子町立石海小学校、宍粟市立山崎南中学校など校歌の作詞を数多く手がけ、大阪住吉大社、たつの市紅葉谷をはじめとして、各地に歌碑がある。昭和39年(1964)、大阪芸術賞(現・大阪文化賞)受賞、昭和43年(1968)、勲五等双光旭日章受章。昭和50年(1975)、太子町名誉町民となる。
主な歌集に『春鳥』(昭7)、『街空』(昭和22)、『歳月』(昭25)、『季節』(昭30)、『遍歴者』(昭39)、『立岡山』(昭55)がある。

関連イベント(いずれも会場は北館講堂・無料)

 記念講演会 「祖父安田青風を語る」

日時 令和5年1月14日(土曜日)午後1時30分~3時(開場は1時)
講師 安田純生氏(歌人、「白珠」代表、安田青風孫)
定員 100人(事前申込不要・当日先着順)

 展示解説会

日時 令和5年2月25日(土曜日)午後1時時30分~3時(開場は1時)
講師 当館学芸員
定員 100人(事前申込不要・当日先着順)

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イベント詳細

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